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2016年3月

2016年3月27日 (日)

◆23)明るくなった東院庭園 3月25日(金)

  昨年の暮れからベールに包まれていた東院庭園中央建物、その保全工事のあがりが気になっていた。予定の3月末日もあとわずかなので庭園を覗くことにした。

  自転車を降りて板塀をくぐると、今までの雰囲気がガラリ変わっているではないか、まるで悠久の世界にタイムスリップして、一瞬アーッと叫びそうになった。

  寒にもどったような曇天の朝だったが、閃光を発する根源は、覆いかぶさる素屋根とブルーシートがすっかり取り払われ、古代から飛び出した中央建物の姿ではないか。難しい呼び名は分からないが、目にはいる柱や軒、板戸・壁、高欄がしっかりとした朱に染み、葺き替えられた檜皮葺の屋根がまばゆい。

  大きなカメラを手にした地元の青年カメラマンがつぶやく『こんな素晴らしいものをただで見られるんですね!』 『檜皮葺は匠の技がなす美です。原皮師(もとかわし)が冬季に樹齢100年くらいの立木からはぎ取り。それを檜皮葺師が切りそろえ、少しずつずらしながら重ねて、ナタで皮をたたき接着させて竹釘を屋根板に打ち付けるんですわ』・・・豆記者「ハハーン??」。

  どうぞご覧ください。 写真はクリックして拡大して見ましょう。

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◇板塀をくぐった瞬間に御姿が・・・軒の張り出しが優美。
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◇つい、州浜におりて(警備員さん許可)”ひざまずく”古代の間。

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◇桃の花がそえられて、一層まばゆい光景が”にほふ”。

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◇みまもる隅楼からは鳳凰

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◇ここに至る映像12.05.2016撮影  ”足場築き”

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◇ここに至る映像12.18.2016撮影  ”青シート 覆い”

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◇参考映像07.15.2015撮影 ”春日大社着到殿檜皮葺屋根西側”檜皮から白煙がもうもうと昇っています。当東院庭園中央建物屋根からも「匠の伝統技継承」の”証し”がみられるのを心待ち。

 お楽しみください。

2016年3月14日 (月)

◆22)木簡たちの”ふる里”をたずねて  3月6日

 生き物が地上にはい出るという「啓蟄」がはじまり、ポカポカの陽気の朝を迎えた宮跡の地下も嘸かし、ざわざわしていたと思う。

 1250年前の3月6日は、「寺請木簡」という木札にしたためられたメッセージが、つくられた日のようです。しかも、この木簡を、奈文研の発掘調査マンが55年前の1月24日、さるゴミ穴から発掘されたと聞きました。そして、この木簡が平城宮跡で発見された第一号の木簡なんだそうです。今は国指定の重要文化財という偉いものに。

  数字に弱い豆記者は頭をたたきながら、そんな話しを発掘調査専門部署の責任者の方から、約40人のツアー関係者と一緒に興味深く聞き入った。

  発掘したばかりの木簡は、コンニャクか高野豆腐みたいに、クニャクニャしてるから赤子を抱くようにして、慎重に慎重に永久保存処理に移るんだそうだ。そりゃそうだ、1000年以上も土中で眠っていたものを、いきなり起こされちゃうんだから。翼があれば大空にむかって羽ばたきたかったろうに。

 そんな木簡の気持ちは、当の調査専門家たちには百も承知で、触れる手にも熱き愛情が注ぎ込まれているのだ。そして、謎の歴史を紐解くトリガーになることを約束して研究される。<愛の還元>

 さあ、ボランティアさんご案内でツアー開始です。 以下写真をご覧ください。写真をクリックすると拡大して見られるものもあります。

  追伸ですが。家に帰った豆記者は電卓とにらめっこ。平城宮と京で発掘された木簡は、なーんと24万点。この仲間たちみんなが手をつなぐと、どれだけの長さ、広さになるのかと・・・心強いね。

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◇奈文研資料館前に勢ぞろいしたボランティアさんが、参加者のみなさんを待ち受け。P1390064_r
◇ここが第一号の木簡「寺請木簡」の発掘ポイント。ツゲの木が並ぶ一角になぜかここだけ抜けている。第一次大極殿の真後ろで。

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◇菜の花におう宮の原むこうに春日の山がかすみ見えます。
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◇ボランティアさんの案内に聴き手もつい熱が入ります。
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◇ボランティアさんは皆、木簡になりきってるように説く・・・。

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◇ここは古代の醸造所。酒ボトルのキープナンバーも木簡から解く。

P1390157_r◇小子(部)門(ちいさこべもん)基壇の上に立つ。当時、小子部がこの宮門の警備にあたった。
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◇基壇上から一斉に眺める先は・・・長屋王邸はては淡路国か??政権に伏した淳仁天皇は馬にゆられ小子(部)門を出でて黄金色の稲穂たなびく平城から淡路国に向かった。と何かで読んだことがあります。
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◇長屋王邸跡と確定した、三万五千点の木簡はあまりにも有名。

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◇日本の古代史を書きかえるほどの衝撃と、専門家群の驚き。
P1390188_r◇食い入るように日曜日の専門家たち。「長」が隙間から見える。

◇「ご苦労さま!」良い日曜日でした。先頭を歩くのは自称”道鏡さん”というおじさん。*下の写真*

  ◇ご高覧有り難うございました。◇

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